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御父様御母様が先に行きながら成し遂 。。。

  • Nation | ブラジル
  • Date | January 01, 2006
ⓒ 2006 WATV
サッカーとサンバの熱情があふれる国。まさに南米のブラジルです。世間に宣教の黄金漁場と呼ばれて最適の宣教地として浮び上がっている南米、その中でもブラジルは漆黒のような闇の中に閉じこめられた魂が真理の光を切に待っている所です。

深く眠っている魂が真理を切なく待っているここに、私は2005年初神様から召されて宣教師として派遣されました。まだ1年になりませんが私は今まで暮して来たいつよりも貴くて大事な経験を通じて日ごとに新しく悟って神様に感謝を献げる生涯を暮しています。

何ひとつまともにすることができない足りない働き手にも世界福音の預言に参加することができる機会をくださって、能力をくださって私たちの福音が‘やればできる福音'という事実を改めて悟るようにしてくださった御父様御母様に感謝いたします。


全世界すべての民族が集まって住む国、ブラジル

ブラジルは地が広くて異民族の移民を喜んでいます。そのため人種展示場のように、多くの民族が集まっていて混血人種も多いです。全世界200余国のすべての民族が集まって一つの国を形成した国がまさにブラジルです。

ブラジルの国民90% 以上は国教であるカトリックを信じています。世界でカトリック信者の数が一番多い国でもあります。国教がカトリックなので生活用語の中にも聖書と係わる用語が大多数です。とても有り勝ちに聖書用語を使っているから元来の意味が変質されて真と偽りが混合された単語もとても多いです。

例えばブラジルでは過越祭を‘パスコア'と呼ぶのに現地人たちはこの日を复活祭として認識しています。それでパスコア祭を守らなければならないと言えば、たまごを食べながらよく守っていると自慢をします。甚だしくはその日路頭は真っ赤な兎の服を着た人たちで一杯になるのですが、この日が赤い兎の服を着て樂しむ日だからです。またこの日はバレンタインデーと同じ日でチョコレートを食べる日です。ブラジル人たちに過越祭と复活祭、そしてバレンタインデーはたまごとチョコレートを食べながら赤い兎の服を着て楽しむ祝祭日です。

サンバとカーニバル、そしてカトリックと改新教の祭りが国民的祭りとして共存しているので、カトリックと改新教は礼拝が終わった後教会内で飲酒歌舞が起る思いがけない風景が演出されたりします。

状況がこのようであるから礼拝は敬虔ではなければならないという考えている人たちは世俗的な教会雰囲気を軽蔑しながら“この地にまことの教会はない”という結論を下したり、はなはだしくは“神様はいない”と無神論者と転落する事例も頻繁です。

しかしそのような混沌した中に真理を待って神様にお会いするように願った魂たちは、長い間かぶっていた厚い驕慢の皮を脱して従順と喜びで真理を迎えています。どのように真理を伝えなければならないか、真理を伝えれば悟ることができるだろうかと思う私の考えとは違い、真理を悟って“まさにここが私が捜していたまことの教会”と言いながら喜びの涙を流しながら神様に出て来るシオンの家族たちを眺めると胸がいっぱいになります。


未来を見通して 17年前に一人の預言者を立てられた神様

12時間の時差を越えてブラジル-の南部にあるサンパウロに到着した時、昼と夜が逆になってしばらくの間適応するのが大変でした。水や食べ物も体質に合わなくて苦労しました。しかしこのすべてのものは自然に適応されて行きました。

ⓒ 2006 WATV
やっぱり最大の障壁は言語でした。外に出ても道が分からないから、どこにも行くことができないし、聞こうとするとうまく話せなくて息苦しいだけでした。

青年時代アフリカで仕事をしたことがあったからポルトガル語が話せましたが、以後使わなかったので皆忘れました。言語も、現地事情も、学ぶ暇もなしに来たから、聖書の購入も、参考書籍の購入もしなければならないでしたが、言語を自由自在に使うことができなかったから買えきませんでした。しかし幸いにも神様が未来を見通して、あらかじめブラジルに基を置くように働いたある勧士と二人の息子である兄弟たちの助けで、大変でも少しずつ基盤を造ることができました。

勧士はすでに17年前にブラジルに移民に来て現地で衣類の店を運営しながら信仰を守っていらっしゃる方です。知人が一人もいないはるか遠い異国祭りとすべての掟を本当に大切に守りながら、当時5、6歳だった二人の息子も信仰の青年に育てました。兄弟たちは韓国語と公式語であるポルトガル語はもちろん隣近国のスペイン語、そして英語までうまく駆使する働き手になっています。

韓国で信仰生活をしている途中移民にいらっしゃった勧士は17年という長い時間の間ただの一瞬も韓国の地を踏むことができませんでした。

そのように故国に帰りたかったが状況が許されなくて歳月だけ流れることを切なく思った勧士は5年前、“私がここにいることも私の旨ではなくて、行こうとすることも私の旨どおりいることはない。神様が私をここにいるようになさったことは確かに御旨があるはずだ。ここで御父様・御母様の愛を伝えなくてはいけない”という思いで周囲の人たちに真理を伝え始めたといいます。

ブラジルに教会が形成されたのは4年位で勧士の家で礼拝を献げる形態で福音が成し遂げられてきました。私が現地に到着した時も少数の韓国人兄弟姉妹が勧士のお宅で家庭礼拝を献げている状況でした。

勧士は私が派遣されて来ると、しばらく私と一緒に歩きながらあっちこっちへ行って“韓国からいらっしゃった神様の教会の宣教師”と言いながら多くの人たちに誇らしく紹介してくださいました。その間どれだけ多くの人たちに神様の愛を伝えておかれたのか、その人たちをすべて訪問して紹介を受けるために私の身がくたびれるほどでした。しかしその熱い心、神様と真理を愛する心がそっくりそのまま伝わって目頭が熱くなりました。そのように勧士が手まめに振り撤いておいた種をおさめ始めて2ヶ月で10余人が神様を迎えました。勧士は今も相変らず私に宣教しに行こうといいながら急き立てます。60歳が過ぎた年で、そのような熱情がどこから出るのか口がつぐまれないほどです。


ポルトガル語で初めて説教した日の感動と悟り

ブラジルに到着した三ヶ月後、韓人村と少し離れた所に教会を建てることができました。初めて教会に来て礼拝を見るシオンの家族たちは韓人村から来韓国人だけで10人余名でした。その後ある日、いよいよブラジル教会が現地人家族で満たされ始めました。

その一番目の実はまさにマリレ二ー姉妹です。その方は勧士を通じて基礎真理を聞いて3年前神様を迎えましたが韓国語で進行された礼拝の集まりで悟れなくて掟を守らなかった状態でした。

私は勧士から頼まれてマリレ二ー姉妹に再び聖書の御言葉を知らせてあげました。言語が上手じゃありませんでしたが手振り身振りで胸を打ったりしながら何とか伝えようと努力する私の姿を見ながらマリレ二ー姉妹は心で理解しました。

姉妹に聖霊時代の救い主を教えてあげた時、姉妹は何日かの間切にその御名を慕うようになりました。以後姉妹は職場でも聖書を開いておいて、行き交うお客さんに真理を伝え始めました。誰が教えなくても、熱く宣教し始めたのです。姉妹は救い主に対して悟ってからはとても驚さ、不思義で伝えなくては耐える事ができないようだったし、仕事がまったく手につかなかったと言います。

聖書に証しされている天のエルサレム御母様に対して勉強をした日には、結局涙を流してしまいました。言葉が通じなくてよく設明してあげることができるか心配している途中関聯聖句だけ見せてあげただけなのに、悟ってからはしばらくの間涙を流しました。

感動と感化で一週間終始夜眠れなかった姉妹は私のところに来て ꡒ天の御母様を多くの人たちに伝えたいのに、どうすれば良いかわかりませんꡓと切ながったりしました。

ⓒ 2006 WATV
そして初めて安息日の礼拝に参加する前、姉妹は家族たちと一緒に礼拝に参加するからポルトガル語で説教して下さいと特別に頼みました。今まで韓国人だけいて、ずっと韓国語で説教をしたが、初めて現地人の前で急にポルトガル語で説教をしようと思うと、重苦しく感じられました。一週間終始準備をして安息日の前日には一晩中準備をしたが力不足でした。

いよいよ安息日の朝、礼拝一時間前に来て門をたたく人がいました。すぐマリレ二ー姉妹でした。一緒に来た家族たちは皆8名にもなりました。姉妹と一緒に来た家族は自分のご主人と二人のお子さん、そしてお姉さんと義理のお兄さん含めた三人の甥でした。

マリレ二ー姉妹の住む所は、教会から地域バスと電車を相互に変り換えて二時間余りかかる遠い距離にあります。8時に到着したということは、少なくとも5時頃に起きて準備を急いだという話になるでしょう。

現地人たちにする初めの説教であるだけに最善をつくそうという覚悟はしたが、相変らず自信がありませんでした。すべてのものを神様に任せて礼拝を始めながら、既存のシオンの家族に御母様の愛をいっぱいこめて現地人家族に愛のあいさつを交わそうといいながら始めました。家族たちは御母様の心をたっぷり盛って現地人を嬉しく迎えて“デオスチャアベンソイ(祝福をたくさん受けましょう)”というあいさつしました。ブラジル家族たちは情感こもったあいさつに少しほっとしたようでした。やがて説教時間。うまれて初めてポルトガル語で新しい契約の真理を説教しました。初めは自信がなくて声が蚊の鳴くような声でした。服は汗でびしょびしょで、自分自身が思うにもこれはだめだと思いました。その時マリルレ二姉妹の目を見ました。気の毒でどうすればよいか分からない目つきでした。

私はこれではいけないと思って心中で祈りました。それからはいちかばちか感動を伝えなくちゃいけないと言う心で声を高めました。声がますます大きくなり始めると、小さな東洋人の説教を目障りに聞いた姉妹の家族たちも、姿勢が変わり始めました。説教がすべて終わる頃には目障りな表情はすっきり消えて、感動であふれた顔に変わっていました。

その日姉妹の家族8人は皆が神様の子供に新たに生まれました。私はその時になってブラジルに行く前“家族たちの心を愛で一つになるようにして下さい”と頼まれた御母様の御言葉が浮び上がりました。一人の魂をいかすことは、言葉が上手で聖書をよく知っているからできるのではなく、御父様御母様の愛で伝えればなるということが分かるようになりました。

その日以後姉妹とすべての家族たちは神様の掟を一回も抜けないで、他人より急いでシオンに出ています。7時30分頃には到着して大きい音で私の他の名前である‘ジョセフ'を呼びながら門を開けてくれと叫びます。姉妹のご主人と義理の兄はまことの神様に会ったのだから祝福にあずかるためには早く行って礼拝を献げなければならないと早朝に起きては直接車を運転して隣近の家族たちまですべて乗せて来ます。祝福を受けるために朝早く急いで、シオンに駆けて来る現地人家族たちの白くて清くて活気に満ちた姿は感動そのものです。

初めて現地人礼拝が成し遂げられた以後シオンは安息日ごとに現地人家族たちが神様の懐に入って来る驚くべきな業が起きました。

マリレ二ー姉妹は以後実家のお母さんであるヘレナ姉妹も導きました。ヘレナ姉妹は改新教とカトリック教会の腐敗を直接体験して、世にまことの教会はないと教会に行くことが一番嫌でした。絶対に教会へ行かないと宣言した以後、7人兄弟にもなるマリレ二ー姉妹の家族の中で誰もヘレナ姉妹を説得することができませんでした。

マリレ二ー姉妹がシオンに行こうと勧めた時もヘレナ姉妹は“すべてまったく同じ偽り教会だ”と言いながら極度に嫌がりました。しかしマリレ二ー姉妹が会 う度に“シオンは違う、シオンにはまことの真理があって、まことの神様がいらっしゃる”とずっと勧めるとやむを得ず“一回だけ行って見て、違えばもうこれ以上勧めるな”と言った後礼拝に参加しました。

礼拝に参加したヘレナ姉妹の態度は全然心が開かれるようではありませんでした。しかし礼拝後もっと多くの御言葉を聞いてからは神様の教会が聖書どおりするまことの教会という事実を悟って熱い涙を流しました。そして“わが娘の通う教会がまことの教会である”と直ちに喜びで神様を迎えました。

数十年の間教会に行こうといいながら説得しても変わらなかったヘレナ姉妹があっという間に心を開くとマリレ二ー姉妹のまた他のお姉さんも“不思議だ。そのように頑固だったママが変わるなんて、何かがあるようだ”と新鮮な衝撃を受けて、真理を聞いて見ることを願い、遂に神様の子供になりました。

その後にもマリレ二ー姉妹は実家のお父さんとすべての親戚に真理を伝えながら熱心に祝福を積んでいます。


初めて新しい歌を歌った日の感動

新しい場所に教会が建てられて礼拝を献げてから一月近くブラジル家族たちは新しい歌を歌うことができませんでした。ポルトガル語に飜訳された新しい歌がないから韓国人家族たちが新しい歌の本を持って賛美する姿を眺めながら常に 羨ましかったブラジル家族たちでした。

ⓒ 2006 WATV
ところでコンピュ-タ-プログラマ-である兄弟が新しい歌を飜訳しました。兄弟は韓国人移民2世でアルゼンチンで10年、ブラジルで17年生活したからポルトガル語を含めてスペイン語など4ヶ国語が上手な方ですが、ちょうどスペイン語に飜訳された新しい歌を見てポルトガル語で再飜訳をしました。その曲は“祝福をたくさん受けましょう”でした。

ブラジル家族たちは初めて受ける自国語新しい歌に感激して一週間終始その歌を歌いました。録音をしてあげましたが、一週間終始私は直接歌って下さいとせびられて後には声がかれたりしました。

その週安息日にはもっとそうでした。初めて礼拝時間に新しい歌で賛美するブラジル家族たちは礼拝が始まって一時間前から続いてその歌を歌いました。準備賛美も相次いでその歌を歌いました。礼拝賛美を歌う時もその歌を歌いましたが、家族たちがとうとう泣き出して涙の海になってしまいました。

泣きながらも歌うのを止めない家族たちの姿は、本当に涙なしには見られない場面でした。その日、私も感動を抑えられなくて説教ができない位でした。説教を終えてからは、すべてのシオンの家族がまたその歌を歌いました。礼拝が終わった後にもブラジル家族たちは韓国家族を呼んでは、続けて歌って下さいと言いました。その安息日は一日中新しい歌を歌って下さいと言うブラジル家族たちの再促に負けて、歌を歌った韓国人家族たちは声がかれてしまいました。

飜訳をした兄弟も家族たちのその姿に胸を打たれて毎週新しい曲で再飜訳をして家族たちに普及する一方、大きな悟りを得て預言者になるために準備中です。一週に一曲ずつ新しい曲をもらって新しい歌を練習する家族たちでブラジルシオンには喜びと感激の賛美が絶えません。

勧士とマリレ二ー姉妹、そして飜訳を担当する兄弟、その外にも恵ましい家族たちがとても多いです。七歳で韓国から移民に来て自手成家して多くの衣類店を運営するある姉妹は衣類都市で知らない人がいない位に有名な女青年なのに、まことの神様を悟って、熱心に掟を守りながら奉仕を引き受けてしていらっしゃいます。

またサンバ公演チームのリーダーだったある青年がいましたが、公演のため韓国に滞留する中喜びで真理を迎えて現在ブラジル教会で預言者に新たに生まれています。最近兄弟は公演チームがあるアマゾン川流域に位置した故郷マナウスに行って家族たちに真理を伝えてそのすべての家族を神様の懐に導いています。そして公演チームの契約が満了したら、本格的に神様の預言者として活動するために熱心に新しい契約の真理について勉強しています。

私とここサンパウロの家族たちには一つ大きな望みがあります。それは早く広いブラジル全域に新しい契約の真理の御言葉が振り撤かれて、深い眠りに落ちた魂たちが速かに覚めて天の御母様の愛の光を眺めるようになることです。

国土が広くてシオンの家族を訪問しようとすれば、多くの時間がかかるから速かにシオンがあちこちに建設されれば言葉でいい表わせないほどうれしいです。私たちはこの夢が早く実現することができるように願って熱心に天の家族たちを探ねています。

まだ序の口に過ぎないブラジル福音ですが全世界すべての民族がすべて集まって住む所だから、“ブラジル全域に福音が伝われば世界福音がすべて成し遂げる”という思いで熱心に福音に邁進しています。

小さくて愚鈍なこの子に世界福音という大いなる祝福の道をこころよく許し賜わって、喜びでその道を歩いて行くようにしてくださった神様にまことに感謝いたします。御父様・御母様愛しています。
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